HOME Twitter Facebook RSS 昭和年代別タイトル一覧 タイトル索引
ブログについて お知らせ 最新記事一覧 人気記事一覧 おすすめ記事



コント55号vsドリフターズ 萩本欽一が明かす「土曜夜8時戦争」の真実



1:名無しさん:2021/05/04(火) 03:15:18.66 ID:CAP_USER9.net
コント55号vsドリフターズ 萩本欽一が明かす「土曜夜8時戦争」の真実

「強敵」と書いて「とも」と読む……昭和という時代には、そんな“くさい”言葉がふさわしいライバル関係があった。芸能、文化、スポーツ、ビジネス……さまざまなジャンルでの切磋琢磨が、この国を豊かにしていった。

バラエティ番組史に残る戦いが、1960年代後半の「土曜夜8時戦争」だ。

先鞭をつけたのは、萩本欽一と坂上二郎の「コント55号」が舞台上を駆け回る『コント55号の世界は笑う』(フジテレビ系1968~1970年)だ。

当時、「土8」といえば歌謡番組かドラマと決まっていたが、萩本と坂上のコントに視聴者は釘付けに。放送開始からわずか半年で視聴率30%を超えるお化け番組になった。

この牙城に切り込んだのが、ザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』(TBS系1969~1985年)である。

アドリブ主体のコント55号に対し、ドリフは徹底的な作り込みで知られた。水曜昼にドリフとスタッフが集まり、土曜の生放送まで連日連夜の打ち合わせ。いかりや長介は一切の妥協を許さず、稽古が深夜に及ぶこともザラだった。

スタート直後の『全員集合』の視聴率は15%前後。『世界は笑う』にダブルスコアをつけられていたが、キャンディーズや沢田研二など大物ゲストを次々と投入し、わずか1年で逆転。『世界は笑う』は1970年3月に終了し、コント55号の2人はソロ活動に移った。

萩本が振り返る。

「もともとドリフとは仲良かったの。当時ぼくは大井競馬場で馬を持っていて、コーちゃん(仲本工事)とは大井でしょっちゅう一緒になってた。カトちゃん(加藤茶)交えて3人で麻雀したりね。でも、メディアがライバル構造を作るもんだから、お互い意識しちゃってさ。カトちゃん、コーちゃんとある時、『プライベートで一緒に歩くのはやめよう』って決めたんです。

当時、二郎さんとよく『ドリフに敵うわけないよ』って話してたっけ。彼らの稽古はすごいもん。毎週毎週、何時間もさ。TBSの他の番組に行くたびにドリフの稽古を見ていたから、肌で感じてたんだ。僕らは稽古なんてしないし、瞬発力で舞台を駆け回ってただけで、ドリフの『計算された団体芸』とは力の入れようが違ったよね」

盛んに取り上げられた『全員集合』との視聴率戦争について、萩本は一歩引いて見ていた。

「会場のお客さんにウケたかどうかがすべてだから、数字なんて教えてくれるなとスタッフには言っていたの。僕らは台本もペラ1枚だし、ぶっつけ本番で勝手に動き回るからカメラが追い切れない。テレビ向きじゃなかったよね。『全員集合』とは作り方が何から何まで違ったから、比較しないようにしていたんだ」

一方、コント55号を追いかけたドリフも苦労は絶えなかった。仲本が語る。

「相手のことを考える余裕すらなかったってのが正直なところ。毎週、いかりやさんの指示に従うだけで、もう必死ですよ。『全員集合』の合間には地方興行もあるし、ヘトヘト。

いかりやさんは『他のことは考えるな。自分の番組のことだけ考えろ』ってよく言ってた。TBSからは数字のことも散々言われていたと思うけど、そういうやり取りは全部いかりやさんが引き受けてくれた。あのワンマン体制があったから、『全員集合』は成り立っていた」


「休む間もなかった」(仲本)という当時のドリフ(提供)

そんなドリフが『世界は笑う』を追い抜いた要因について、「僕らがバンドマンだったことが大きい」と仲本は話す。

「ステージで生演奏してるから、もともと生放送に向いてたんだ。間が空けば自分で繋げる。あとはリズム感。ドリフの強みは5人がリズムに合わせて一斉にずっこけられること。くしゃみひとつで転ぶのは音楽のリズムと同じ。ある種の“踊り”みたいなものでね。分かりやすくて、子供も大人も楽しめたんでしょう」

その後、1975年に『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジ系)がスタートし、第二次土8戦争が勃発。萩本が語る。

「お笑い番組が花開いた時代だったよね。いまの芸人は言葉で笑わせるけど、僕らもドリフも『動き』が基本だったから、脳で笑うっていうより、直感でお腹を抱えてくれた。当時は笑いが起きると文字通り会場が揺れたもんです。お茶の間でも家族全員でドカンとね。そういう笑いは、今は難しいのかもしれないね」

週刊ポスト2021年5月7・14日号
https://news.yahoo.co.jp/articles/da9ca3898aab06edac852ab5f45c82a6bcaf8785


2:名無しさん:2021/05/04(火) 03:17:13.67 ID:33dyEdaT0.net
俺が見始めた頃は古臭えジジイだなって感じの氷河期世代です
347:名無しさん:2021/05/04(火) 11:17:19.11 ID:Ywhc8+rz0.net
>>2
アラフィフの氷河期世代でさえ欽ちゃんはもう古くさかったんだな
668:名無しさん:2021/05/05(水) 00:53:30.42 ID:vMPC+SDq0.net
>>347
人気あったけど晩年といったとこかな?
ことし49歳のオヤジだけど
イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」が大ヒットしたのが
小学校3年生でしたわ
中学入る頃には欽ちゃんの番組ほとんど終わってたんじゃないかな
4:名無しさん:2021/05/04(火) 03:18:37.79 ID:3SZXiesJ0.net
コント番組に革命を起こしたのはごっつええ感じ
131:名無しさん:2021/05/04(火) 07:13:16.08 ID:eE6IKBVK0.net
>>4
そりゃないわw
274:名無しさん:2021/05/04(火) 09:59:27.00 ID:Mc7D25dW0.net
>>4
夢で逢えたらの延長線上の番組だろ
645:名無しさん:2021/05/04(火) 23:15:45.23 ID:7hz7TwPD0.net
>>4
そこはとんねるずだろ
とんねるずが道をつくったからダウンタウンもウンナンも出てこれた
60:名無しさん:2021/05/04(火) 04:56:42.35 ID:pdSJxf9V0.net
>>4
どんな革命?
125:名無しさん:2021/05/04(火) 06:53:27.80 ID:k5vnXCvj0.net
>>60
高次元お笑い革命
537:名無しさん:2021/05/04(火) 17:12:34.68 ID:mQDyetL60.net
>>125
笑うわw
273:名無しさん:2021/05/04(火) 09:58:36.08 ID:rVaO6z5G0.net
>>60
エポとかサザンとか
お笑いとは遠いオサレな音楽を使った「革命」だと思う
ドリフや欣ちゃんに無かった発想
433:名無しさん:2021/05/04(火) 14:10:50.73 ID:gtxsyCPw0.net
>>273
お笑いと音楽を結びつけたのはドリフも同じだし、それより前にもあった。
438:名無しさん:2021/05/04(火) 14:26:43.50 ID:WK84Hx4Q0.net
>>433
音楽と芸人はむしろ不可分
ギター抱えた芸人もいっぱいいたし、その前はウンナンの師匠みたいに三味線だったろう

コミックバンドとしてはドリフよりクレイジーキャッツが先のはず
クレイジーキャッツ物語をテレビドラマでやってたが、アメリカでそういうのが人気になってて
日本でもやろうとなったようだ
この辺の経緯はドラマではあいまいでよくわからなかった

ナベプロ社長がハナ肇に「おまえはドラムうまくないから真面目にジャズやるよりおもしろいことをやれ」といってバンドを作らせ
アメリカのスパイク・ジョーンズ&ザ・シティ・スリッカーズをコピーしたフランキー堺とシティ・スリッカーズというバンドにいた
植木等、谷啓、桜井センリを引き抜いてきたという(植木らは相手側から辞めるなら今後どこへ行っても食えなくしてやると脅された)
7:名無しさん:2021/05/04(火) 03:21:57.91 ID:DSrqa9vU0.net
そして全員集合はひょうきん族にやられる
111:名無しさん:2021/05/04(火) 06:41:56.40 ID:9yo6ZBbt0.net
>>7
高田文夫も駆け出しの頃は全員集合の作家だったらしいね。でもいかりや長介が怖くて何も出来なかったと、その後全員集合から離れてひょうきん族に移った。でもそれは自分なりの恩返しだと
555:名無しさん:2021/05/04(火) 18:04:16.15 ID:/Xh1I4Tx0.net
>>7
ひょうきん族は面白く無かった
今見てもやっぱり面白くない
585:名無しさん:2021/05/04(火) 19:26:27.23 ID:5RxZ4b1x0.net
>>7
だがカトちゃんケンちゃんでひょうきん族をひねり潰したと
9:名無しさん:2021/05/04(火) 03:23:01.94 ID:bI5vC3io0.net
>>7
カトケンでリベンジしたな
94:名無しさん:2021/05/04(火) 06:16:22.61 ID:ZbTcHyVF0.net
>>9
おれカトケン派だったなぁ
96:名無しさん:2021/05/04(火) 06:19:52.96 ID:5ffUCApg0.net
ひょうきん族はカトケンに負けたってより
たけしのフライデー事件で自粛した事の失速だよね。
10:名無しさん:2021/05/04(火) 03:23:21.17 ID:HcBsqd+b0.net
>キャンディーズや沢田研二など大物ゲストを次々と投入し

記者が当時を知らず、資料にキャンディーズの名前を見つけて「大物ゲスト」と思い込んだか

キャンディーズはもともとこの番組のアシスタント
だからデビューしたときも、「8時だよ全員集合」のアシスタントの女の子が
歌を出しましたってイメージで企画物っぽかった
.
当時、ちゃんとしたアイドルはソロでデビューするから、グループという時点でB級臭。
しかも同期は、山口百恵、桜田淳子、浅田美代子らだからアイドルの主流は当然そっち

その3年後にピンクレディがデビューした。アイドルで3年違いは一世代の差に近い
これが大ブームになったことで、同じグループアイドルとして
ピンクレディのライバルみたいな形で先輩のキャンディーズも引っ張り上げられた

ピンクレディは女子小学生がはまって社会現象的な人気があったが
キャンディーズファンは若い男がメイン。そいつらにとっては神だったろうが
一般的にトップのアイドルだったとは言えない。実際ランキングでも1位になったことはない。

解散が発表され、最後の曲くらい1位にしようとファンらが運動して実現した
232:名無しさん:2021/05/04(火) 09:07:48.15 ID:tk7ibDpj0.net
>>10
なんでそんなに知ってんだよw
257:名無しさん:2021/05/04(火) 09:43:45.84 ID:X8GxJPpD0.net
>>10
すげーな
>>1を遙かに超える芸能史だ
387:名無しさん:2021/05/04(火) 12:13:40.56 ID:IJgUQCi30.net
>>10
知らなかった。ありがとう。
11:名無しさん:2021/05/04(火) 03:25:49.65 ID:bI5vC3io0.net
>>10
ゴールデンハーフやろアシスタント
キャンディーズはどちらかというと伊東四朗、小松政夫のテレ朝の番組
26:名無しさん:2021/05/04(火) 03:54:21.33 ID:HcBsqd+b0.net
>>11
あんたの記憶が「みごろ!たべごろ!笑いごろ」からってだけ
ゴールデンハーフはキャンディーズの前のアシスタント

伊東四朗・小松政夫の「みごろ!たべごろ!笑いごろ」は1976年スタート
この前年にキャンディーズはやっとヒットが出て人気者になったからメインに抜擢された

1972年4月: NHK『歌謡グランドショー』のマスコットガール兼アシスタントとして「キャンディーズ」誕生。
1973年4月7日: TBS『8時だョ!全員集合』のアシスタントとしてレギュラー出演
1973年9月1日: 「あなたに夢中」でレコードデビュー
1975年 センターをスーからランに変更。シングル5枚目年下の男の子が初ヒット
1976年 ピンクレディデビュー
1977年 解散

huluに入ってるならこれ
https://www.hulu.jp/watch/100020984
太田が同じことを語ってる
33:名無しさん:2021/05/04(火) 04:09:08.05 ID:N3r4Lp6s0.net
>>10
>>26
じじいすげーなよく覚えてる
206:名無しさん:2021/05/04(火) 08:38:18.93 ID:Th8BBDEN0.net
>>10
キャンディーズがアシスタントをしている全員集合を見てみたいんだけど志村メインの後期ばかりで嫌になる
ゴールデンハーフも見たいな
加藤茶や荒井注メインがみたいよ
12:名無しさん:2021/05/04(火) 03:25:55.75 ID:7GNzRErO0.net
今にして思えば何で同じ時間にやるんだよ?って感じだw
288:名無しさん:2021/05/04(火) 10:14:16.38 ID:DF3dOQ0m0.net
>>12
スポンサーの取り合い
それ以外の理由はない
14:名無しさん:2021/05/04(火) 03:28:12.72 ID:XmybV2uL0.net
今の土曜ゴールデンのつまらなさ終わってんだろ
見る番組ねーんだが
15:名無しさん:2021/05/04(火) 03:28:39.75 ID:kqgXGsEh0.net
ダウンタウンてかけだしのころ
欽ドンにでてなかったっけ?
90:名無しさん:2021/05/04(火) 06:07:57.72 ID:yUtRSSXG0.net
>>15
マイルド欽ドンってのに出てた記憶ある
欽ドンのかなり末期の頃だね
紙相撲みたいなのをダウンタウンが実際にやってた
91:名無しさん:2021/05/04(火) 06:09:10.72 ID:fJPzNLgO0.net
>>90
はっけよーい笑った
435:名無しさん:2021/05/04(火) 14:24:22.07 ID:Q1FJUPJh0.net
>>90
マイルドまでは見れた。
シブがき隊とか、大助花子とか出てた時期。
16:名無しさん:2021/05/04(火) 03:30:48.96 ID:bI5vC3io0.net
志村も東村山までウケなかったからな
すわしんじのほうがウケていた
109:名無しさん:2021/05/04(火) 06:38:51.24 ID:f/Ekyh860.net
>>16
荒井注の後釜はすわしんじだと思ってたちびっ子も多く、志村加入に対して「…誰こいつ」という目で見ていた。

そして志村は2年ほど暗中模索の時代を迎えるのです。
20:名無しさん:2021/05/04(火) 03:36:49.80 ID:hF4tCMJ90.net
ついこの前ラジオで欽ちゃん出てたけどフガフガで全く聞き取れなかった
晩年の永六輔のようだった
185:名無しさん:2021/05/04(火) 08:22:20.52 ID:LUSZ+x4j0.net
>>20
WOWOWがYouTubeで配信している電波少年にゲストで出てたけど、同じ状況だったな
27:名無しさん:2021/05/04(火) 03:58:15.89 ID:opAmbfiU0.net
あまりお笑いの仕事がなくて関西制作のドラマばっかりやってた頃のさんまが
欽ドンに出たことがあった
素人もタレントもアドリブでイジり倒してた欽ちゃんに
ガンガンツッコミ入れてタジタジにさせてたのは後にも先にもさんまだけだった

さんまにとっては雲の上のような存在だったはずだが
物怖じしない肝っ玉な上に恐ろしく頭の回転が早い人だなと感心した記憶がある

今みたいな芸人の先輩イジリなんてご法度だった時代の話
83:名無しさん:2021/05/04(火) 05:37:12.42 ID:6N8/yyyx0.net
>>27
動画上がってるから見てみたけど面白いなぁ
さんまの芸風今と変わんねえ
292:名無しさん:2021/05/04(火) 10:20:05.16 ID:ZHS0b7XU0.net
>>27
欽ちゃんに「萩本」と言った唯一の男、東野
36:名無しさん:2021/05/04(火) 04:11:46.42 ID:/4qPoEWi0.net
萩本嫌いだけど、わらべの歌は聴きたかった
43:名無しさん:2021/05/04(火) 04:19:28.42 ID:nV1fvB8c0.net
欽ちゃん知った頃はもう欽どこと月9の欽ドンだったから
ドリフとライバルって感覚なかったな
というかコント55号はほとんど知らない
45:名無しさん:2021/05/04(火) 04:20:47.74 ID:YbNpCvYA0.net
>>43
なかまーw
47:名無しさん:2021/05/04(火) 04:25:40.57 ID:kqgXGsEh0.net
50歳くらいなら
欽どん・欽ドコ・週間金曜日
欽ドンは月曜日21時だろ?
69:名無しさん:2021/05/04(火) 05:05:30.09 ID:Z4om43pV0.net
>>47
だね
イモ欽、わらべ、風見しんご
53:名無しさん:2021/05/04(火) 04:40:52.74 ID:nPHQfEGi0.net
ただの世代の違いだろ
俺もクレージーキャットはさっぱりわからんしさんま世代までは行けるけどダウンタウンはきらい
55:名無しさん:2021/05/04(火) 04:49:40.30 ID:U0+lPF4b0.net
今のテレビ番組で全員集合や欽ドンに相当するような番組ってある?
113:名無しさん:2021/05/04(火) 06:43:29.89 ID:NHv+uHak0.net
>>56
あらゆる意味で当てはまらない
つーか相当する番組が皆無
61:名無しさん:2021/05/04(火) 04:56:54.97 ID:AY9zpJjq0.net
欽ちゃんと仲本工事って同い年(昭和16年生まれ)なんだね
なんか意外だけど
73:名無しさん:2021/05/04(火) 05:15:35.98 ID:AY9zpJjq0.net
土8の影の最強は暴れん坊将軍
74:名無しさん:2021/05/04(火) 05:18:18.03 ID:oQPu99rW0.net
>>73
そうだね
隙間を上手く使ったよね
今観ても面白いし
391:名無しさん:2021/05/04(火) 12:17:02.02 ID:147QjhGn0.net
今と違ってテレビが本当に面白かった時代だな

コント55号vsドリフターズ 萩本欽一が明かす「土曜夜8時戦争」の真実
引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1620065718
関連記事

おすすめ記事

コメント

24171

・・・・確かに、今になって思えば、ドリフはデルタフォース、特殊部隊で、55号は絆の深い捜査官2人って言う感じ。

2021/05/05 (Wed) 18:16 | あの頃の名無し #- | URL | 編集
24172

コント55号はさすがに古すぎるなあ
欽どんか欽どこはギリ見てた記憶あるけど
ドリフも志村加入以降しか知らない

2021/05/05 (Wed) 18:51 | あの頃の名無し #- | URL | 編集
24177

ドリフは渡辺プロに母体を変えた時にクレージーキャッツの弟分という風に方針変更した
テレビ局とタレントがしっかり音楽ギャグを作りこんで間も計算した演出と台本で完璧になるまで
稽古して生放送をやるっていうのはシャボン玉ホリデー→九ちゃん→全員集合の流れ
クレージーキャッツも8時だよ出発進行って番組を持ってたりする

コント55号は全盛期が非常に短い 萩本欽一の異常なエネルギーで場を持たせるような作り方
だったから現場も大変だったろうし長続きもしなかっただろう 萩本さんはそこから一歩引いて
客観的な他人の目で番組見るようになって演出を手掛けるようになってようやく長続きするように
なってきた

ライバルの争いに持っていきたいのがマスコミだからこういう話が出てくるんだろうけど全盛期も
番組方針も微妙にずれてて時代の流れの視聴者の趣味嗜好に応じて人気番組が移っていった
っていうのが正しいんだろうな 漫才ブームからは低予算で芸人を何組かしゃべらせておけばいい
って今の今まで呪縛になってるお気楽バラエティが出て本格的大道具番組はなくなった

2021/05/06 (Thu) 03:25 | あの頃の名無し #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する